Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

  “ぴっかぴっかの?”
 

 
 そんなにも暖冬の帳尻を合わせたいものか。桜の開花予想を出し直させたほどのとんでもない寒の戻りに翻弄された三月に引き続き、四月もまた。一日だけ夏のような暑さでやって来たくせに、あれは“エイプリルフール”だったからだとでもいうことか。その後 押し寄せたのは、都心の昼間っからみぞれが降るよな猛烈な寒波で。
“けど、桜の開花予想の方は、そもそも計算の雛型を間違えてたって話だが。”
 う〜るさいわねぇ。
(苦笑) ここんとこの天候は相変わらず一筋縄ではいかないところが誰かさんと同じだよななんて、ついうっかり口をすべらせたもんだから。それは高性能な地獄耳をお持ちのご当人から、愛車のバイクのボディや風防、ハザードの周辺へ、プリ○ュアと仮面ラ○ダー電王のステッカーを貼られまくってしまった後輩に泣きつかれたぞと。葉柱のお兄さんから“勘弁してやれ”という陳情メールが来たことで始まった、いかにも小悪魔坊やらしい ややこしい春の幕開けである。(ああ、長かった・笑)



 そんな蛭魔さんチの妖一くんは、この春めでたく小学四年生となった。背丈も伸びて、お家の柱でおおよそを測ったら 130センチになってたし、春の健康診断でキチンと測ればもっと数字は上がってるかもと、内心で今からワクワクしているところ。そいや、去年の春の健診では 123センチだったなんて話してましたものね。1年で7センチも伸びますか、さすがは育ち盛りですねぇ。蜜をくぐらせたようなという形容詞が正にぴったりな、濡れたような光沢も瑞々しいダークブロンドの髪に、上等なロウソクを思わせるよな深みのある白をたたえたやわらかな肌。少しばかり力んで吊り上がった目許は、だが、まだまだ子供特有の丸みが強くて出て、今のところは愛らしい範疇に収まる くりんと大きなそれであり。しかも金茶という淡い色合いなのがまた、名のある匠のビスクドールを思わせて。まだ細っこくて伸びやかな四肢といい、カナリアの声のような軽やかな笑い声といい、通りすがりの大人の、主に女性の方々を必ず振り返らせるほど、何とも愛らしい容姿風貌をしているというのに…。こちらの坊っちゃんたら、まあまあ何てことでしょか。自分が途轍もなく機転の利く、頭の回転のそれは素早い子なもんだからか、あまりに鈍臭い相手へはすぐにカッと来て蹴ったり怒鳴ったりする、揮発性の高いやんちゃな一面も持ち合わせており。

 『そもそも今の大人がややこしい世の中にしておいて、
  子供はいつの時代も皆 天使だ、なんて、勝手なこと言ってんじゃねっての。』

 あっはっはっ、言う言う。
(苦笑) 幸いにして弱い者いじめはしない、芯は真っ直ぐな性根をした頼もしい子ではあるのだが、それでも、そんな勘気の強いところが怖いと思われがちなのか、同級生たちからさえも少々敬遠されている彼だったりするのだが。捨てる神あれば拾う神ありということか。(おいおい) そんな彼とは保育園時代からの同級生、こちらさんはまだ1m越してないかも?なんてくらい、小柄で愛らしいお友達がいたりする。所作もあどけなく、行動は…ちょっぴり覚束ないかも?なところがまた、天使のような無垢なまでの愛らしさとなっている、小早川さんチの瀬那くんで。腐れ縁とか何だとか、口では認めてないような言い方をする妖一くんだったりもするものの、彼が困っている時だけは、そこまでやっては本人のためにならないかもということまでもを過保護にも、構って庇って肩貸してやる お人よし。これもまた、そうであってこそ…教育関係の諮問機関から“伸び伸び育てて下さい”というお達しが来ているほどもの天才児な蛭魔くんの、情緒面でのバランスが取れているということなのかしらねぇとは、ずっと彼らの担任を受け持っている姉崎先生の独り言だったりするそうだけれど。

  「………? どうした?」

 窓から差し込む春の陽気にふわふかな癖っ毛を甘い色合いへと温めた、小さな小さなセナくんが。何とも雰囲気を作って“はふぅ”なんて溜息をこぼしていたりするのに気がついて。すぐ前のお席からぐりんと半身だけ振り返って声をかけてやる、金髪金眸の小悪魔様。今日は始業式だけの日で、とはいえ新しい教科書が配られるので、まだすぐには帰れない身。姉崎先生とそれから、お手伝いにと自発的に立ってった女の子たちが何人か、職員室から荷物を抱えて戻って来るのを待っているところ。他の生徒たちも落ち着きなくさわさわと、席から立っての歩き回ったりしてはいるが、そこはさすがに四年生というところか、羽目を外すほどの大騒ぎを構えてはいない。そんなやわらかな雑音の中、さして声を低めることもなく、小っちゃなお友達へ話しかけている妖一くんで、
「部活、まだ決めかねてんのか?」
 彼らの通うガッコでは、四年生から放課後のクラブ活動への参加が義務づけられていて。最初の一年間は…このご時勢なのでと早い帰宅を優先してか、仮入部扱いではあれど、文化部でも運動部でもいいから、何か1つは やらなきゃならない。ちなみに蛭魔くんはタッチフットの部を作りたいと画策中。とはいえ、今年からの創設は幾らなんでも間に合わずで、已なくバスケットボール部に入る予定だそうだけれど。
「ん〜ん、ちやうの。」
 机の天板の上へ へちょりと伏せて、やわらかそうな頬がつぶれるのも厭わない小さなセナくん。ふりふりとかぶりを振ると、もう一回ほど“はぁあ”と遣る瀬なさげな溜息をついてから、

 「あんね? おとっとい、進さんの大学のにゅー学式だったの。」
 「…おお、そっか。」

 小さなセナくんが懇意にしている大きなお兄さん。日本のアメフト界を背負って立つ存在だと、中学生時代から既に囁かれていたほどの名プレイヤーであり、王城ホワイトナイツの進清十郎といえば、今や全国規模の有名人だ。ひょんな切っ掛けで知り合った彼とこのセナくんは、年齢、性格、それぞれの嗜好に生活エリア、醸す空気も何もかもが掛け離れた存在同士だってのに、実の兄弟でもこうまでは仲よくないぞと言うほど、お互いを大事にし合う間柄。小さくて愛らしいセナくんは、どの仮面ライダーよりも強くて頼もしい進さんを好きで好きでしょうがなく。寡黙で武骨な進さんは、どこの萌えキャラ女子にも負けないほど可憐で愛くるしいセナくんが可愛くて可愛くてしょうがない…と来て。
“判りやすく“バカップル”って一言で片付ければいいのによ。”
 〜〜〜だってさぁ。そこまでの自覚は、まだ双方ともにないんじゃないかなとか思いまして。
(苦笑) そんな進さんは、この春から同じ王城の大学へと無事進学なされたそうで。そのまま社会人のXリーグへ進むかもという憶測も立たないではなかったが、決まってみれば、まま無難な進路ではあり、大学リーグでもあの豪腕にての大活躍が期待されているのだとか。
「めでたい門出じゃねぇかよ。」
 あんた、ホントに小学生かと訊きたくなるよな、相変わらずの語彙の多さにて、大人みたいな祝辞を贈って下さった蛭魔くんだってのに、
「………。」
 当のセナくんは…机に横向きに伏したまま。
「どうしたよ。大学生になったら嫌だったのか?」
「…ちやうの。」
 王城大学は、実は実は王城高校よりもその学舎が彼らの町により近い。JRの快速で2駅なその上、泥門市駅も王城大学前駅も快速電車の乗り換え駅なので、逢いたいと思やすぐにも行ける間近さであり、春休み中などはむしろ喜んでた彼ではなかったか?
「…。」
「おい。」
 それ以上ぐずぐずしてっと、つむじに指パッチンするぞと言いかけたその間合い、

 「進さん、もうあの“せーふく”は着ないの。」

 ぽつりとした呟きが拾えて、
「せー…? あ・ああ、制服な。まあそりゃしょうがなかろうよ。」
 何だそんなことかいなと、妖一くんてば ついの苦笑をこぼして見せる。まだ10歳にも満たぬ小さなお子様にしては、繊細なことへと感慨深くなってたセナくんではあるが、
「卒業したんだ。いつまでも高校の制服来てる方が、訝
おかしいってもんだろうがよ。」
 こちらさんは徹底した合理主義者な小悪魔様だから。心情は理解出来るが、どうしようもないことだろうがということの方をついつい主張してしまう毅然とした子。
「でもね、でもね? セナ、進さんのあの白い詰襟大好きだったから。」
 何しろ特長のある制服だ。ブレザーが主流の今時に、いかにも伝統を誇っておりますと言わんばかりの堅苦しい詰襟タイプ、しかも白に限りなく近いシルバーグレイと来て。名門校として名を馳せる“王城”の看板みたいなものであり、しかもしかもあの進がそれをまとえば、堅実頑迷な気性と精悍な風貌が相俟って、そりゃあ似合ってたものだったのに、
「大学はね、私服なんだって。」
 一応は“入学式”だからということで、一昨日はかっちりした格好のブレザースーツといういで立ちだった進さんだったそうではあるが。学校というところに行くのにあの制服じゃないなんてと、今になって思い知り、あの凛々しい制服姿はもう見られないのねと、お祝いの席へ招かれたおり、大学までたまきさんの車でお迎えに行ってその事実に触れ、今頃おセンチになってるセナくんであるらしい。
「試合の会場とか行くときは、いつもあのせーふくだったでしょ?」
 知り合ったのが双方ともそれぞれの学校で一年生だった秋のころ。それからの2年と少しを一緒に過ごした二人だからね、学校のチームだったアメフトに関わるお出掛けには必ず、トレーニングウェアか、若しくはあの制服をまとっていた進さんであり。よって、セナの思い出の中の彼もまた、そのほとんどがあの制服姿の凛々しい彼ばかり、なのだろうから。

  “ついついセンチメンタルにも感慨深くなるってか?”

 もっと凛々しくて冴えた雰囲気の、いかにも戦闘態勢ですというアメフトのユニフォーム姿でいる機会は減らない彼なのだろうから、颯爽とした勇姿とやらには依然として変わらない頻度でお目にかかれもするだろに。どしてこうも近眼的なことへと振り回されてる彼なやらと、一端に傷心ぶってるセナへ、こちらは“可愛い奴だよな〜”とお兄さんぶった感慨がそれこそ沸いて来たらしき小悪魔様。とはいえ、

 「…あのな。ちょっと思い出してみな?」

 ただ鼻先で笑い飛ばしてやるのは、芸がないかなとでも思ったものか。元気の出ないセナくんへ、こそりと囁きかけてやり。うにゃ?と少しだけお顔を上げた彼へ、こちらも少々身を屈めると、
「3年も大昔の話だから、覚えてないかも知れねぇが。俺らだってよ、制服とおさらばしたことがあったじぇねぇか。」
「3年前?」
 3年が“大昔”ですってよ、奥様。
(苦笑) そういや、この子たちには10年ちょいしか蓄積はないから、どうしたってそういうスケールになっちゃうのでしょうけれど。3年前が“昔”かぁ…。しみじみしている筆者はおいといて(いやん)、
「うっと…。」
 何だっけと思い出してるお友達へ、
「覚えてねぇか? 幼稚園の上着だよ。あと、夏のエプロンとかスモックとか。」
「あっ。」
 そうだったそうだったと、小さなセナくん、がばりとお顔を持ち上げたほど勢いよく思い出す。
「黄色のお帽子とバッグvv
「ああ。それと、給食用のランチョンマットやお箸に水筒。幼稚園指定のをぶら下げて、通ってたろうがよ。」
「そだったねぇvv
 覚えてる? ヒユ魔くんてば、せーふくの上着の裏っかわに、でーもん閣下のワッペン縫いつけてて。それがかっくい〜って皆で真似したら、センセーにバレちって怒らりたよねぇvv アホ、そんな余計ことは思い出さねぇでいんだっての。話の舵を勝手に引き取られたもんだから、ちょいとムッとした妖一くん、綺麗な指先でセナくんのやわやわなお鼻をつんつんとつついてやってから、
「そんな幼稚園の制服とかエプロンとか。もう着ないんだって思ったら、今みたいに感慨深くならなかったか?」
「うと……………なった。」
 あ、でも、ちょみっとだけだよ?なんて、空中で何か摘まむような仕草をして見せ、今になって妙な見栄を張るセナくんへと笑ってやってから、
「けど。そんなのすぐに忘れたろうが。」
「う〜っと…………………うん。」
 新しいお鞄のランドセル。新しいお帽子。お母さんが縫ってくれたキルティングのお道具箱の袋は、合皮のレッスンバッグに変わったし、ねんど遊びのへらとクレヨンとハサミだけしか入ってなかったお道具箱は、おはじきとかくるくるって巻いてある長い定規とかコンパスとかって中身が増えたし、クレヨンと絵の具のカバンは別になった。そういうのが嬉しくて、それと、ガッコはいろんな行事があって忙しくて。幼稚園のことは、割とあっと言う間に忘れたと思う。覚えてはいたけれど、もう終わりっていうのがちゃんと理解できていた。
「な? そういうもんなんだ。過去のこと、いちいち覚えてたらキリねぇし、制服着てねぇ進にも、すぐにも慣れるって。」
「うんっ。」
 すごいねぇ、ひゆ魔くん。セナってばうっかり忘れてた。もうそうゆうトシなんかなぁ。そっか? でも閣下のワッペンのこと覚えてたじゃねぇか。だってあれは、あのときのメダカ組だった子はみぃ〜んな覚えてると思うよ? セナはね、エースさんのを貼ってたのvv そうそう、誰だったかお兄さんに貰ったっていう“KISS”のを貼ってやがってさ。それは違うってって言ってやったけど誰も判んねくて。だって、同じよなお顔だったじゃないかぁ…と。何だかどんどんと話がズレってってるの、蛭魔くんたら気がついてないのかなぁ。それともわざと、気を逸らしてあげてるのかしらと。聞くとはなしに聞こえていた会話へ、

 「センセー?」
 「どーしたの?」

 戻って来た教室、お廊下側の席だった彼らの会話に、ついつい聞き入ったその結果、しゃがみこんでまでして爆笑しかかるのをこらえてた、こちらさんもまた相変わらずな姉崎先生だったりしたそうな。

 “お腹が痛い〜〜〜〜。”

 大変ですねぇ、これからの1年もまた。
(苦笑)





            ◇



 最近の教科書の薄さは半端じゃなくて、近年の日本の小中学生の学力の低下に真っ青になった関係筋の方々が、大慌てでまたぞろ中身の補充を検討なさるとかいう話だが。すぐにも適う話でなし、ランドセルとレッスンバッグに全部が収まった教科書や、図版に地図帳などなど、よいしょと背負っての下校となり、
「あ、俺。ルイ呼ぶから。」
 これもまたいつものことで、下駄箱の前、そんな一言を告げられて、
「うん。じゃあ、また明日ねvv」
 同じ方向に帰る他のお友達と一緒に昇降口を出、ぱたぱたた…と駆けてくセナくんを“転ぶなよ〜”と見送りながら、慣れた手つきで携帯を取り出す小悪魔様。短縮ボタンを押せばすぐ出るのも変わりなく、
【なんだ。】
「ガッコ終わった。迎えに来い。」
【…あいよ。】
 今日くらいは自前の足で帰れとか、俺も今ガッコなんだがよとか、なんでわざわざとか。言うだけ無駄だと重々承知な葉柱のお兄さん。坊やの側でも勿論それを見越してかけたコールだったものの、ぱたんと閉じてからアッと思ったのが、

 “いっけね。何分かかるのかを聞いてねぇ。”

 進と同じで、こちらさんも高校がそこの付属だった、賊徒学園大学部へ進学したルイさんだが、学舎の所在地がどこなのか、住所しか知らない妖一くんだったので、そこから此処までの所要時間が判らない。
“しまったな。確かめときゃよかった。”
 彼には珍しい迂闊であり、再び携帯を開いてナビ機能を呼び出したものの、行ったことのない場所への要領は掴み難くてさっぱり判らず。しまいには、
“大体、向こうから言うべきことじゃんかよな。”
 強引に呼び立てといてこの始末。勝手なお言いようをしながら、ふんっと息をついたが、此処で再びの連絡を取っていては時間をロスするだけだから。仕方がないかと肩を落とすと、見送り当番の先生方が校舎へ戻るのを見計らい、入れ替わるよに校門の柱へと凭れかかっての待ちぼうけ。
“距離的にはあんまり変わんねぇんだがな。”
 そういや大学は時間割も違うって言ってたな。一年の間はびっしり講義もあるとかで、
“あんま突拍子もない時間に気ままには呼ぶなって言ってたっけか?”
 高校時代は中途半端な時間に呼んでも、授業途中から堂々と席立って来てくれてたけどな。さすがにそれをやらせんのは止めてやらんとな、なんて。寛大なことを思いつつ、待つこと…30分ほど。
「遅いっ!」
 聞き慣れたイグゾーストノイズが近づいてくるのが、こんなにももどかしかったのは初めてではなかろうか。そんな苛々も加わっての、八つ当たり半分な坊やからの怒号へと、
「うっせぇよっ!」
 こっちだって途中までが慣れてねぇ道だったから仕方があんめぇよ。信号には捕まりまくるわ、うっかりしてて最短コースへのバイパス曲がり損ねるわ…と、馬鹿正直にもというか大人げなくというか、大変だったんだからなと勢いよくも言い返せば。

  『うっかりしててってのは、威張れない理由だろうがよっ!』

 なんていうツッコミが、一切飛んで来なかったのへ気がついて、
「?」
 ああまで即妙で容赦がない子にしては意外だなぁと、葉柱の気勢がふと緩む。フルフェイスのヘルメットのカバーを上げれば、
「………。」
「おい?」
 どこか、ぽかんとして。いやさ、呆然としての方が近いかも。呆気に取られたまんまなお顔で、こちらを見やる坊やだったりしたものだから。様子が変だと気がついて、素早くバイクから降り立つと、大股に駆け寄ってすぐの傍ら、自分のお膝に手をつき、視線を合わせるようにしてひょこりと身を倒す総長さんで。
「おい。妖一?」
「…。」
「どした? 腹でも減ってんのか?」
 間近になったお顔は、いつもの精悍な男臭いそれだ。切れ長の三白眼に案外と線の細い鼻梁。綺麗に撫でつけた少し長いめの黒髪からはほのかに整髪料の匂いがして、がっつり太い首やら肩やらも、ほんの何日か前に逢った時のまんまなのにね。
「…何〜んか 締まりがねぇのな。」
「はあ?」
 そういえば、ルイもあの白い学ランはもう着ないんだと、今になって気がついた子蛭魔くん。風よけにだろう羽織ってた長袖のブルゾンは浅い青で。腕の長さに合わせたせいか、多少は長いめの裾だったが、あの白ランには全く及ばない。ボトムも黒のカーゴパンツだ。これに乗って来るルイには、白くて長いのの裾を風に翻してっていうイメージがあったから。それがすっかりと削ぎ落とされてたの、何だかちょっと拍子抜けした妖一くんであったらしくて。

  “…セナちびを笑えねぇんでやんの。”

 不意に威勢が萎えた坊やへと、わざわざ案じて下さったお兄さんへ。何でもねぇよ、それよか待たせ過ぎと、わざとに可愛げのないことを言ってやり、間近に来ていたお顔、おでこへごつんこと自分のでこを押し当てる。
「…ってぇ〜。」
「何だよ、そんな思い切りじゃなかったろ?」
「不意を突かれたから痛てぇんだよ。」
 この野郎がと思い切りお顔をしかめるが、それこそ慣れがある坊やには脅しにもならずで、早く帰ろうと急かされ、へいへいと唯々諾々、腰を上げたお兄さん、

  ――― その手が、すっと伸びて来て。

 坊やの金の前髪を、くちゃりと掻き回すよにして軽く撫でた。
「…え?」
 お顔を上げれば、にんまりという笑顔が見下ろして来ており、
「なんだったら、迎えには、しばらくあの制服で来てやってもいいが?」
 こちらの姿へ急に威勢が萎えてしまった坊やだったのへ、ああそっか…と。思い当たったことが無きにしもあらずだったのだろう。特殊な型へと改造されてあった制服だから尚更に、あっちのインパクトに慣れた感覚が戻るには、少々時間がかかろうと忍ばれたらしく。だが。

 「うっせぇよ。」

 そんなことしてたら、それこそミニパトの婦警さんに呼び止められちまうぞ?なんて、可愛くないこと言い返す妖一くんだったりし。

 「何でだよ。俺、春休みのうちに普通免許も取ったんだぞ?」
 「だから、原付き以上を乗ってても、二人乗りしてても問題ないってか?」
 「ああ。」
 「けど、あの学ラン着てたら、
  おいおいそこの高校生って声がかかっちまうじゃんかよ。」
 「そうかなぁ。」

 じゃあ、どこぞかの族の特攻服みてぇに何か刺繍でもして、高校の制服じゃありませんて意思表示するとか? 今更、何 刺繍すんだよ。極道上等ってか? 第一、大学生が特攻服着てどーすんだ、恥ずかしい奴だなっ。憎まれグチを利きながら、でもね、あのね? 小さな手が、お兄さんの長い目のブルゾンの裾を摘まんでいたりして。

 “…ほら。”

 あの長ランだったなら、こそりと掴んでも気づかれなかったのによと、そうですか、そういうのが色々と残念で呆然となさってたのですか。判りにくい甘え方への判りにくい怒り方をしている坊やだったの、実は…結構気がついてたお兄さんとしては、

 “でもなあ…これに気がつかねぇと、それこそ白々しいんだろうしなぁ。”

 おやや、そういう方向で困ってのさっきの発言だったのかしらねと。花曇の空の下、歩道の縁石の隙間から伸びてた名もなき小さな白いお花が、どっちもどっちの可愛さですねなんて、くすすと微笑って見送ってくれたそうでございます。



  〜Fine〜  07.4.8.


  *お久し振りでございます、の、小悪魔くんと総長さんです。
   葉柱さんも進さんも、大学生ですってよ、奥さん。
   練習もキツくなろうに、セナくんマイラブは変わらないのだろう進さんと。
   生活形態がどう変わろうと、
   小悪魔様の強引さに合わせざるを得なかろな葉柱さんと。
   …これまでとあんまり変わらないのね、つまりは。
   (変わってください・桜庭談)

ご感想はこちらへvv**


戻る